銀の風

三章・浮かび上がる影・交差する糸
―43話・足止め期間―



その日の夜。すでにいつもの就寝時間を過ぎたため、
看病の当番はペリドやジャスティスに変わり、リュフタとナハルティンが担当していた。
「う〜ん……まだ、だめそうやなぁ……。」
いまだに昏睡状態から目覚めないリトラの顔を、
ベッドに座り込んだリュフタが心配そうに覗き込む。
容態こそ安定しているようだが、目覚める気配はいまだにない。
「そんなにちょこちょこ見たって、しょうがないでしょー?」
「わかっとるわー!せやけど、心配なもんは心配なんや。
ほっといてくれへんか?!」
ナハルティンに少しつっこまれただけで、リュフタはついムキになって言い返す。
それだけ彼女はリトラを真剣に心配しているということなのだが、
過剰反応気味に怒鳴られたナハルティンは、やれやれというように肩をすくめた。
「はいは〜い。んじゃ、お好きにどーぞ。」
(うるさいぞお前ら……他の連中は寝てるんだから、静かにしろ。)
声を抑えたルージュに不機嫌そうにたしなめられるが、2人とも返事はしない。
もっとも、ちゃんと2人とも黙ったので彼はそれ以上追求はしてこないが。
(ところでルージュ、アンタ何作ってるの?)
ルージュがごそごそと手元を動かしている様子が気になり、
ナハルティンが小声で彼に聞いた。
ルージュは手を休めずに、すぐに返事を返す。
(竜の止まり木だ。
どうせ、リトラが起きるまで動けないし……今のうちに作っておいても別に損じゃない。)
(なるほどねー。)
こんな時でも、時間は無駄にしないというわけだ。
いっそ嫌味なくらい冷静な彼らしい。
―ま、準備さえしとけばいざって時いつでもいけるわけだしねー。
リトラが目覚めた後は、
おそらく彼の体調が回復しだい、すぐにヴィボドーラに向かうことになるだろう。
予定が狂わされたとはいえ、
そもそもそのために行動していたのだから、この後の動きは簡単にわかる。
「さーて……お短気なくせに寝ぼすけなリーダーさんは、いつ起きると思うー?」
「そうだな……うまく行けば、明日かあさってには起きるんじゃないか?
まぁ、こんなところでくたばってられるかとか言いそうだしな。」
「あははー、それ言えてる〜♪」
以前逃げられた時の悔しがる様子から察するに、ルージュの予想は当たっているだろう。
とんだ足止めを食らったと、起きて早々に憤慨しそうだ。
「さて……止まり木も魔力を込めれば完成するし、俺はしばらく休む。
交代が必要なら起こしてくれ。」
形だけは完成した竜の止まり木を、ルージュは壊れないように丁寧にしまいこむ。
それから、マントを体にかけて横になった。
「オッケー、おやすみ〜。」
「ああ。」
短く答えてから数分も立たないうちに、ルージュは眠ってしまったようだ。
ただ、壁の方を向いて横になっているので、顔は見えない。
(うーん……やっぱまた起きて怒られちゃうかなー?)
(何の話や……。)
横で怪訝そうにするリュフタを無視して、ナハルティンは神妙な顔つきで考え込む。
ナハルティンは彼の寝顔をのぞいてみたいと思ったこともあるが、
近づくとすぐに起きてしまうので見れたためしはない。
魔法を使えば見れなくも無いが、それでは面白くないのだ。
(ま、いいや。今ちょっかい出したら怒られそうだしね〜……。)
寝てすぐに起こすまねをしたら、さぞかし冷たい白い目が襲ってくるだろう。
ナハルティンはいたずらは好きでも自爆は嫌いだ。
余計なことはせず、おとなしくしているに限る。
「ちょっかい出して起きたら楽なのにね〜。
わきでもくすぐっちゃおっかな〜?」
「それはよしといてな、ナハルティンはん……。」
冗談か本気が区別がつかないナハルティンの言葉に、
リュフタは疲れたような声でつっこみを入れた。
確かに万が一それでリトラが起きたらそれでもう万々歳だが、
後で何を言われるかわかったものではない。
自然に起きるのを待ってほしいと、心底彼女は思った。

―翌朝―
交代で看病を続けている間に夜は明け、朝になった。
空は晴れてはいるものの、昨日の一件のせいで気分は朝から曇り空もいいところだ。
「ふぁ……。あ、リュフタ。もしかして、一晩中起きてたの?」
リトラの側に座っているリュフタの姿を見つけて、
アルテマは驚いてそうたずねた。無理もない。
自分が寝る少し前から、彼女が見張りをしているのを知っているからだ。
まさかとは思うが、昨日の夜は全然寝ていないのではないだろうか。
「そうや。せやけど、うちは幻獣さかい。気にせんでええで。」
「うそ、ほんとに?!いくら幻獣だからって、寝なきゃだめだって!」
アルテマはリトラと違って幻獣について詳しくないが、
それでも眠らないのは体に悪い気がする。
もっとも、当のリュフタはぴんぴんしているようだ。
「……やっぱり徹夜してたのか。」
「あ、ルージュ!あんた、リュフタに寝なって言わなかったの?」
いつ起きていたのか、ルージュはもうとっくに寝具を片付け終わっていた。
朝になってからやっぱりと言う位なら、
寝るように言えばよかったのにとアルテマは憤慨する。
「言うことは言った。
ただ、リュフタは別にいいからって譲らなかったぞ。」
「あんたね〜……だからってそういう言い方は無いでしょ!」
ルージュのつれない物言いに腹を立て、なおもアルテマは食い下がる。
だが、ルージュは迷惑そうな顔をしてそっぽを向くだけだ。
横でそれを聞いていたリュフタが苦笑いした。
「ええんや、アルテマちゃん。うちがやりたかっただけなんや。」
「そ、そう?」
「そうそう。だから、気にせんでええって。」
リュフタがニコニコして言うので、それ以上アルテマはつっこめない。
本人が気にしていないというのだから、介入する余地は無い。
実際、彼女は自分がそうしたいからしたのだ。
「ケンカば〜っかりしてるけど、なんだかんだで好きなんだねー。」
「え、誰と誰がですか?」
リュフタがリトラの事をどう思っているのか察して、
ナハルティンは何となく楽しそうな顔で一人納得している。
なぜそんな事を突然言い出したのかさっぱり分からず、
ジャスティスがいぶかしげな顔をした。
「んー、穀潰しウサギリスちゃんと誰かさんの話。」
「な、何のお話ですか……?」
今のナハルティンのセリフだけ耳に入ったらしく、
やはりさっぱり訳がわからないという顔をして、遠慮がちにペリドも聞いてくる。
「んー、なんだろうね〜♪」
ナハルティンは上機嫌でペリドに擦り寄るが、
ニコニコ笑うだけで返事をする気は無いらしい。
困惑しているペリドの反応でも楽しんでいるのだろうか。
「ねーねー、まだなのかなぁ?」
「んー、まだっぽいね〜。ま、信じて待ってりゃ起きるって。」
ペリドの見立てを信じているのか、
ナハルティンはいっそ無神経なほどあっけらかんと言い切る。
もう少し心配するべきだと、ジャスティスは渋い顔をしているが。
“うん、信じないとね。”
「ほーら、ポーモルちゃんも言ってるよん?」
「な……私は何も言ってませんよ?!」
いきなり咎められて、ジャスティスはうろたえる。
本人の言うとおり、何も言っていないのだから当たり前だ。
いきなり何を言い出すかと思えば、
ナハルティンは何が面白いのかニヤニヤしている。
「あれー、目がしゃべってると思ったんだけど〜?」
「〜〜〜!!」
顔をこれでもかというくらい引きつらせて、
ジャスティスがこぶしを固めてプルプルと震え始めた。
けっこうきている。
「ジャスティス、落ち着きなって!」
放っておくときりがないので、アルテマがあわててジャスティスを抑える。
からかうナハルティンこそ本当はとっちめたいが、そうも言ってられない。
「うう……頭にきますが、
リトラさんが寝ているので、今はこれくらいにしてあげます!」
「はーいはい。」
負け犬の遠吠えは聞くだけ無駄とまでは言わなかったが、
あまり相手にする気はないらしい。
ナハルティンは気の無い返事をお愛想程度に返して、
コテージの扉を開けて外に行ってしまった。
「まったく、あの人は好き勝手にやってくれますね……。」
「まあまあ、暗くなりすぎないって意味じゃ、悪くないと思うで?」
こんな事態でもマイペースな事に腹は立つかもしれないが、
一人くらいはいつもどおりでいてくれた方がいい。
動じていないというと語弊があるが、
冷静で居てくれるということなのだから、リュフタにはありがたかった。
「ふぅ、早く目を覚ましてくれると安心なんですけど……。」
「ペリドお姉ちゃん、つかれたの?」
ため息を漏らしたペリドの顔色があまり優れないのを見止めて、
フィアスはベッドの脇に座っている彼女の顔を覗き込んだ。
「ううん、大丈夫。ちょっと心配で。」
「そういうけど、ペリドちゃんってば顔色良くないでー?
もしかして昨日ちゃんと寝られなかったんとちゃう?」
「そ、そんなに顔色悪いですか?」
自分では体調が思わしくないと言う自覚がないらしく、ペリドは少々戸惑った。
大人ならまだしも、子供に寝不足は応えるはずなのだが。
「んー、ちょこっと。」
「あたしもそう思うー。かわろっか?」
フィアスの正直な意見に、アルテマも大きくうなずく。
外見だけは年長者であることもあり、アルテマの気遣いは口先でだけではないだろう。
「だ、大丈夫ですよ。見ているだけみたいなものですから。」
「……じゃ、もう休んどけよ。」
『え?』
予想もしてなかったルージュの発言に、ベッドのそばにいた3人が目を丸くする。
だが、発言の意味が分からなかったのはほんの少々のこと。
答えはすぐに、驚かせた本人が与えてくれる。
「起きたみたいだぜ。」
ルージュが事も無げにさらっと呟くと、
タイミングを測ったように毛布の中身が身じろぎした。
「……うー。」
少々親父臭いとも言えなくもないうめき声を上げて、
リトラは億劫そうに目を開けた。
「リトラさん!」
「リトラ!」
心の準備など当然出来ているわけもなく、
そばに居たペリドやフィアスは、そろって身を乗り出した。
「ぐぇっ!おい……もういっぺん殺す気かよ?!」
「あっ!ご、ごめんなさい!!」
ペリドが乗り出した拍子に、
思い切りひじの下敷きになったリトラは起きて早々に痛い思いをする羽目になった。
ゲホゲホ数回咳き込んでから、収まったリトラは恨めしそうな目でペリドを見る。
「ったく……起きて早々に死ぬかと思ったぜ。」
「ほ、本当にごめんなさい!えっと、大丈夫ですか?」
病み上がりの人間に手荒なことをしてしまっただけに、
ペリドはもう平謝りだ。
加えて、今のミスでどこかに悪影響は出ていないかと、恐る恐るリトラの顔色を窺っている。
起きて早々に起きたハプニングに、リュフタも呆れる。
「リトラはん……看病してくれとった子に、それはないやろ?」
「起き抜けにいきなり踏まれた俺の立場は無視かよ?!」
「それだけ元気なら大丈夫だろ。」
リトラが盛大に抗議したが、
しれっという音まで聞こえそうな調子で、事もなげに横からルージュが言った。
ぴきっとリトラのこめかみに青筋が浮かぶ。
「おいルージュ……てめぇケンカ売ってんのか?」
「元気があるっていっただけだぜ?」
また、しれっという音が聞こえた気がした。
「ですが、起きたとたんにケンカというのはどうかと思いますよ。
まず、何か食べたらどうですか。」
「あ〜……そーだな。起きたばっかりだし。軽いもんなら。」
ジャスティスの提案は悪くない。
現に、昨日からずっと空だったリトラの胃が、早くも空腹を主張しそうな気配だった。
すると、アルテマがうきうきという擬音がしそうな様子でこう言った。
「じゃあ、あたしがなんか作ろっか?」
「うわ。おれ、今度こそ死んだな。」
せっかく乗り気なアルテマの提案も、リトラにとってはただの死刑宣告だった。
「ちょっと、何よその言い方!?人がせっかく気を使ってるのに!」
「だったら、まともに料理を作れるようになってからいえよ!
Mr.デスクッキング!!」
起きたそばからこの暴言。
アルテマもリトラが病み上がりであることをついつい忘れて怒鳴ってしまう。
「なっ……何よそれー?!あたしの料理にケチつける気?!」
「ジャスティス、こいつらはほっといて飯を作るぞ。」
「は、はぁ……。いいんですか?」
ぎゃあぎゃあにぎやかに怒鳴りあう2人を控えめに指して、
ジャスティスは遠回しに意見する。
だが、ルージュはそちらの方を見もしないで一言。
「馬鹿のけんかは勝手に止む。」
この間大喧嘩したばかりではないかとジャスティスは思ったが、
ルージュは全く気にしていない。
もちろん、これが大喧嘩に発展するような類のものではないと見抜いているからこそだ。
これ以上悪化しないという予想の通り、
起き抜けであまり本調子ではないリトラが、早々に深いため息をついた。
どうやら、こんなことに体力を使う場合じゃないと悟ったらしい。
「あ〜……ふざけてる場合じゃねーよな。」
「あんたが人の料理にケチつけるからじゃないの!
まぁ、確かにけんかしてる場合じゃないか。
これからどうするか、またちゃんと話したりしなきゃいけないんだし……。」
リトラが落ち着いたのにつられて、アルテマも我に返った。
そう、確かに病み上がりの彼とけんかをしている場合ではない。
「あんの六本足カマキリトカゲ……!
おかげで予定が狂いまくりだっつーの!!」
落ち着いたアルテマをよそに、
戦闘を思い出して腹が立ったらしく、リトラは恨みつらみたっぷりに吠えた。
「ま、まあまあ……予想できなかったことですし、
なってしまったんだから仕方ないですよ。」
「そういわれても、全然なぐさめに聞こえねー……。」
ペリドがフォローしてくれるのはいいが、
かえって落ち込むというか、焼け石に水な気分はぬぐえない。
リトラはげんなりした様子で額を押さえる。
「だいじょうぶだよリトラ!今からぼくもがんばるから!」
「あー、ありがとな。うん。」
フィアスが彼なりに一生懸命慰めてくれるのはわかったので、
むげにしないで好意だけ受け取っておくことにする。
彼1人が頑張っても、リトラ本人がちゃんと動かないことには仕方がない。
「とりあえず、おれがつぶれてたのはどれくらいだよ?」
「1日……いんや、一晩くらいや。意外と早かったと思うで?」
「確かに、フツーあんだけひどい目にあったら、2,3日寝込みそうだもんな。
誰がおれに回復魔法使った?お前か?」
「正確には、うちとジャスティスはんと、後はナハルティンはんや。
特にナハルティンはんのが大きかったから、戻ってきたらちゃーんとお礼を言っとき?」
「わかってるよ。おかげで生きてるわけだしな。」
今は外に行ってしまっているので居ないが、
もちろん落ち着いたらちゃんと礼の一つも言う。
リトラは恩知らずではない。
「さーて、どうすっかな……。」
予定の変更も視野に入れて、リトラは早速今日以降のスケジュールを考え始めた。
ぐずぐずしていたくはない。早急に行動を決めたいのだ。
食事をしたらすぐに話し合おう。
リトラはそう心に決めて、食事が出来るまで寝たまま過ごしていた。



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無駄に時間ばっかりかかってます。一応、起きたところまでは進みましたが。
待たせた割に話が進まないのはいつものことですが、
ちょっとは直したいです。少なくとも、待ち時間の短縮だけはと。
でも今回、逆に延びましたね。うぁ、すみません……!!
ちょこっとだけやりたいシーンが出たので、次はどこかにそれを入れる予定。
ま、ちょっとした会話なんですけどね。
それにしても、1日で起きるリトラはかなり頑丈です。自分でやってなんですが、本当に子供かこいつ(笑